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統一教会の中日家庭コラム 豆満江で氏族的メシヤを誓う

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この記事は、統一教会の合同結婚式で中国人の方と結婚した、北京在住の統一教会員、李めぐみさんによるコラムです。

日本人嫁奮闘記

李めぐみ

十月一日は中華人民共和国の建国記念日で「国慶節」と呼ばれている。今年は建国六十二周年を迎えた。毎年、国慶節は一週間前後の大型連休となり、気候も良い時期なので、たくさんの人たちが野外でのレジャーを楽しむ。

 特に北京の人口の多さは半端ではない上に、地方からも集まるので、観光名所は大混雑である。「身動きが取れない」と言っても大げさではない。以前、私の両親が国慶節に北京に遊びに来た際、故宮に行ったが、入り口の門まで人でぎっしり詰まっていたので、見物を断念したほどだった。

 また、地方出身者も多いので、この休暇を利用して実家に帰る人も少なくない。この時期、飛行機は割引が一切ないので、汽車を利用する人が多いのだが、この汽車のチケットを入手するのが至難の業。発売日に何時間もかけて並んでも手に入らない、なんていうことがよくある。夫の実家の吉林省延吉市行きの汽車は一日に一本しか出ていないので、チケット入手はさらに困難だ。

 そのため、わが家はいつも実家には車で帰るようにしている。北京から延吉市まで片道一四〇〇キロ。日本で言うならば福岡から仙台ぐらいだろうか。私は免許を持っていないので夫が一人で運転し、私は助手席でマッサージをしたり、飲み物を渡したりしてサポートする。二人の子供はフラットにした後部座席に布団を敷いて雑魚寝をしながら、何とか超長距離ドライブを乗り切る。

 北京市内ではなかなか山の景色は見られないが、高速道路を走っていると、ちょうど紅葉したきれいな山々が見えたり、夜には満天の星空を見たりして、子供たちと楽しむこともできた。

さて、今回の帰省のメーンイベントは親戚の農家訪問。子供たちにとっても、ありのままの自然に触れる貴重な機会となる。もちろん「氏族的メシヤ」も意識しているので、できるだけ親族との関係を深めたいという思いもあった。

 夫の実家、親戚は朝鮮族なので、中国人と言っても生活習慣や文化はほとんどが朝鮮式だ。言語も朝鮮語と中国語の両方を使い分ける。親戚で農業を営んでいるのは三家庭。(Hunchun) という場所で、延吉から車で一時間半、さらに東北に走らせた所に位置する。朝鮮族の農家は一軒家で、部屋は一部屋のみ。その一部屋で寝食を共にする。トイレは庭の端にあり、もちろん、ぼっとん便所。十月でも東北はかなり冷え込むのでトイレのために外に出るのが億おっ劫くうだったが、ここの人たちにとってはこれが当たり前の生活なのだ。

 庭には各家庭で植えている作物が収穫の時期を迎えていたため、子供たちのみならず、大人もみんなこぞって、好きな物を取り放題。「おいしいから食べてごらん」と、その辺りにある果物をもぎ取ってどんどん渡してくれる。ほかにもアヒルや鶏が飼育されていた。他の家では豚や牛を飼っているところもある。

 その日の夕食は、その飼育していた鶏。おばさんが庭から鶏を取ってきて羽を足で押さえ、さばいているようすを、私も子供たちも初めて見た。煮炊きはガスコンロもあるのだが、主にかまどを使う。夕方からまきをくべ始め、子供たちもそのお手伝いをした。そのかまどの余熱でオンドルが温まる、何ともエコな暖房設備だ。

 まず鶏を煮て、その煮汁でもち米を炊き、もち米ご飯の上にゆでた鶏を載せて食べる。ほかにはキムチや、味噌汁(朝鮮族風)が出た。鶏は地鶏とあって、風味がとても良く、これを食べると北京の鶏肉は本当に味気なく感じてしまう。

 夜はみんなで雑魚寝。その家の主人であるおじさんは、夜はリンゴ畑にテントを張って一晩過ごす。泥棒が畑に入らないようにするためらしい。この時期の夜の気温はマイナス二度まで下がるのだが、おじさんは薄着で平気な顔をして、「寒くないよ」と言って出掛けて行った。

翌日はシアボジ(夫の父)の生まれた場所を見に行った。子供たちは「へえー、ここでハラボジ(おじいさん)は生まれたんだねぇ」と幼児なりにいろいろ感じたらしい。

 目の前を流れる豆トゥ満マン江ガンは北朝鮮との国境になっており、目の前に見える山、土地は北朝鮮だった。侵出入を防ぐために、そちら側は東北虎が放し飼いにされているらしい竅噂r

 私たち夫婦は、中国で一番北朝鮮に近いこの土地で、祝福家庭代表として南北統一を祈願し、ささやかながら祈りをささげた。

 北京ではなかなか見ることのできない植物や虫たちもわんさかいて、捕り放題。子供たちは親戚の子と一緒になって野原を駆け回り、たくさんのトンボとバッタを捕まえて遊んだ。道端になっている山ブドウを下の子は「おいしい、おいしい」とモリモリ食べていた。朝鮮族の子でありながら朝鮮語が話せない子供たちが今回覚えた言葉は「メットゥギ(バッタ)」で、バッタを語るときは中国語でも日本語でもなく、必ずこの「メットゥギ」を使っている。

 主に朝鮮族の習慣で、別れ際には子供たちにお小遣いを包む。というか、袋に入れず赤い百元札をそのまま子供に渡すのだが、子供の数によっては結局、お互いさまになったりもする。ただ、お互いにお金を渡し合うという思いやりをそのやりとりで表現しているように私はいつも感じている。

 わが家は今回、それとは別におじさん、おばさんたちにお金を包んだ。おばさんは車に乗り切れないほどの新鮮な果物と野菜をプレゼントしてくれた。

 普段なかなか会うことのできない親戚たちと過ごした貴重な時間。今回よく言われたのが、私も子供たちも結局、中国語で交流したため、「ハングル覚えなさいよ! 子供たちにもハングル教えなさい!」ということ。この点、本当に情けないのだが、子供にハングルを学ばせる機会を逃してしまったわが家では、もしかするとこれが氏族的メシヤ達成の重要なカギになるかもしれない


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Category: 特集