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証し:親への敬拝は氏族的メシヤの第一歩


 北東京教区足立教会青年部では、「親に敬拝をする実践を通して家族関係がとても良くなった」という証しが続々と上がっています。以下は、中島直樹さん(三万家庭、45歳)による報告です。 (文責・編集部)

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 「敬拝とは、偉大なる教祖にささげる宗教儀式ではなく、(本来)自分の親にささげるものである」。これは、『氏族伝道の心理学』(光言社刊、大知勇治著)で心に残った一文です。そこには、「(氏族伝道に取り組むに当たり)最初に親に対して行ったらいいと考えているのは敬拝です」ともありました。

 さらに広報局の澤田拓也部長を招いて開催した「親孝行講座」の中でも、「まず親に敬拝をささげましょう」と勧められました。『氏族伝道の心理学』と「親孝行講座」でほぼ同時期に同じ内容に出合ったことに何か意味を感じ、青年部全体で取り組んでみることにしました。すると、そこに「変化」が生まれたのです。それは自己伝道であり、氏族伝道の第一歩でした。

 親に敬拝すると言っても、両親の目の前で敬拝するのではなく、親がいると思って、あるいは親の写真の前でささげます。中には親子関係が悪くて「敬拝なんてする気になれない」というメンバーもいます。しかし、「心情は問わないから、まずは形だけでもやってみよう」と指導しました。敬拝を続けて二か月後に証しの場を持ちました。

 すると、予想もしていなかった話が次々に飛び出してきたのです。以下に幾つかを紹介します。

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敬拝の証し

教会で行ってきた「侍る」実践をそのまま両親に対して行う

I姉妹(兵庫県出身、27歳)の場合

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 彼女は清平四十日修錬会中、「親孝行するにはどうしたらよいか」と祈ったときに「敬拝だ!」と答えを与えられたといいます。早速、実家に帰省し、直接ご両親を前に敬拝をささげました。「感謝の思いを示します」とふだん真の父母様にささげるように、また背後のご先祖様への思いも込めて、深々と敬拝をしました。すると戸惑いながらも、「これテレビで見たわ」と言って、韓流ドラマが好きなお母さんが喜んでくれたそうです。

 この成功をきっかけに彼女は確信を持ちました。「ふだん教会生活でやっていることを、親に対してやればいいんだ」と。教会生活では神様、真の父母様や責任者に美を返し、喜んでいただこうといろいろな活動に取り組んでいます。

 「教会で身に付けたことを自分の親に対して行えば、両親はきっと喜んでくれる。『侍る』とは、責任者の心情を中心として生活すること。その訓練は十分受けてきたから、これをそのまま両親に向かって行えば自然と親孝行になる」、そう悟ったIさんは、教会生活で行ってきたことを次々と実家で実践していきました。

 ご両親を誘ってカラオケに行き、歌詞を変えて感謝の思いを歌で伝えたら、家族でカラオケ大会が大盛り上がり。「愛しています」「感謝しています」など、ふだん恥ずかしくて口に出して言えないことを韓国語で伝えると、親子の間に何とも言えない温かいものが通いました。

 また、あるときはお父さんを散歩に誘って一緒にごみ拾いをすると、お父さんのほうが完全装備で張り切ってごみを拾ってくれる姿を目の当たりにし、「お父さん、すごい!」と尊敬の念が湧きました。さらに、十日に一度送っている手紙もご両親を前にして読み上げました。すると、うれしそうな笑みを浮かべて聞いてくれました。

 こうして親子の関係がとても深まり、お父さん、お母さんのことがこれまで以上に大好きになったと言います。

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2年間の継続で、母子関係が大きく好転

T姉妹(北海道出身、27歳)の場合

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 彼女はもう二年も前から、ご両親に敬拝をささげています。実家は北海道、本人は東京ということで、離れている親に向かって、敬拝を続けました。

 すると、自分の内面の変化に気づくようになりました。お母さんに対するいろいろな思いがどんどん変わり、感謝の思いへと変化していったのです。

 あるとき、その感謝の思いを思い切って電話で伝えました。すると、お母さんは電話口で泣いてしまい、それを聞いた本人も涙があふれてきて泣いてしまったそうです。

 東京と北海道という遠く離れた長距離電話で交わした涙のやりとり以降、母子の関係は本当に変わったと言います。今では故郷が恋しく、両親が恋しく、北海道に帰りたいと日々思うほど、両親への熱い思いを持つようになりました。

 そして、そうこうするうちに、今ではお母さんと妹がみ言を聞くようになりました。

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敬拝をきっかけに、21年ぶりに弟と熱い握手を交わす

  私の場合

 「メンバーにばかりやらせていてはいけない」と思い、自分でも取り組みました。まずは両親の写真選びです。敬拝をささげるための写真を古いものから探して、写りの良い一枚を選びました。そして写真立てに入れ、それを祭壇の横に置き、その両親に向かって敬拝をささげていきました。

 すると、何日もしないうちに変化が生じてくるのが分かりました。両親のことを考える時間が増え、写真を送ってあげよう、電話をしよう、贈り物をしようなど、自然と行動にも変化が出てきました。与えれば返ってくるもので、両親からも電話や荷物が頻繁に来るようになりました。短い期間で親子関係に変化を見ることができたのは驚きでした。

 そしてある日のこと、実家に行き、用事を済ませて帰ろうとしたときのことです。帰り際に「弟たちは元気でやってる?」と聞くと、両親が一斉にしゃべりだし、立ち話のまま九十分も弟夫婦に対する悩みを打ち明けてきたのです。二世帯で住んでいると、いろいろ悩みもあるようです。

 話が終わる頃には辺りはすっかり暗くなっていました。そして玄関を出ようと戸を開けると、なんと会社帰りの弟とばったり鉢合わせしてしまいました。この弟は宗教嫌いで、私が信仰初期に伝道したことを根に持って、二十年以上も口をきかない関係が続いていました。こんなに近くで弟の顔を見るのは、何年ぶりかのことでした。

 兄としてこれまでいろいろな思いもたまっていましたが、たった今、両親から弟に対する思いを聞いたばかりであり、またこのとき、ゴルバチョフや金日成を愛した真のお父様のお姿がぱっと思い浮かんだこともあって、私は自然と親しみの情を込めて、右手を出していました。それにつられるように弟も右手を出し、見事に熱い握手が交わされたのです。

 正確に数えると、兄弟断絶から二十一年目の雪解けです。ヤコブとエサウのようでした。そして何より印象深かったのは、私たちの姿を横で見ていた母親の表情です。何も言いませんでしたが、とてもうれしそうでした。このように、敬拝を始めたことをきっかけに、膠着していた家族の関係が一気に動き出したことに驚きを感じています。

      ◆

敬拝の証し 親に尽くすということは、これまでも皆が行ってきたことなのですが、よくよく心の内を見てみると、その動機の中に見返りを期待するなど不純なものが多分にあったと、あるとき気づきました。

 「み言を聞いてもらうために」、「セミナーに参加してもらうために」、「聖酒を飲んでもらうために」親に尽くしていたという偽らざる本音があったのです。親孝行とは、親を喜ばせることです。これが全てであり、これで完結であり、これだけでいいのです。お父様は「与えて忘れよ」と教えてくださったのに、み言を正しく理解し、実践できていなかったことを反省させられます。

 頭を下げて静かに敬拝をしていると、親の温かい眼差しに気がつき、感謝の思いが湧いてくるように「自分」が変わっていきました。この思いをもって親に接すると、親子関係がとても良くなりました。本当の親孝行に一歩近づいた気がします。

 感謝していないから伝道ができない、と真のお母様も言われます。この親への敬拝は氏族的メシヤの第一歩であることを実感させられました。これからもたくさんの証しを立てていきたいと思います。

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Category: 特集